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【ロック史】ロックの歴史、バンドの基本形を作ったビートルズ

ロック史においてもっとも重要なロックバンド、ビートルズ。しかしビートルズが偉大だといわれ現在でも絶賛される理由は知っていますか?

ビートルズをリアルタイムで体験していない世代は、意外とビートルズがロックの王者である理由を知らない人も多いはず。

今回は、ビートルズを中心にロック史を追っていきます。

ロックの歴史における重要バンド、ビートルズ

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ビートルズがデビューシングル「ラヴ・ミー・ドゥ」を発売したのは1962年10月のことです。

ビートルズはマネージャーにことばに従い英デッカのオーディションを受けますが、責任者のディック・ロウから、“ロックの時代は終わった”と言われたそうです。

ビートルズの可能性・才能を見抜けなかったといわれていますが、このときって、50年代ロックブームを巻き起こしたロックスターたちが次々に表舞台から去っていったんですね。

なのでディック・ロウだけでなく、ロックの時代が終わったと誰もが感じていたわけです。

POINT
デビューシングル発売の1962年は、ビートルズのメンバーだったピート・ベストに代わりリンゴ・スターが加入しています。
ロックの王者ビートルズ(The Beatles)の名盤紹介、おすすめアルバムを名曲とともにランキング

ビートルズが切り開いたロックの可能性

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ビートルズは、”曲作り”という点でも次のロックの在り方に新たな道を示しました。

それまでは、作曲家、作詞家、演奏家、歌手はそれぞれ分かれていていました。それが当時の音楽界では普通のことでした。

しかしビートルズは、そういう今までの慣習・常識というものにとらわれず、自分たちだけで曲を作り、歌詞を書き、演奏し歌を歌うということをやってのけました。

デビューシングルはすべて自分たちで作ったのです。

音楽をバンドだけで全部作ってしまうというのは当時の音楽界では歴史的に見て異例なことでした。

ビートルズのデビューシングルは最初の1963年発売のオリジナルアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」に収録されています。

このアルバムは発売後チャート1位を獲得し、30週にわたり連続1位に君臨し続けます。半年以上ずっと1位です、すごいですよね。

POINT
「プリーズ・プリーズ・ミー」がチャートにランクインし続ける中、ビートルズはセカンドアルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」をリリース。

するとこのアルバムが「プリーズ・プリーズ・ミー」に代わって1位になり21週連続1位に居続けます。

つまり、ビートルズが1年チャートを独占してたということです。

Please Please Me (Mono Version)
ビートルズ
1963/01/11 ¥250

ビートルズ渡米

アメリカではまだヒットを出せていなかったビートルズでしたが、雑誌記事に取り上げられることで徐々に知名度を上げていきます。

1964年2月には渡米しアメリカツアーを開始します。

アメリカのテレビでは史上最高視聴率を記録し、アメリカのチャートをビートルズが独占してしまうフィーバーっぷり。

このビートルズ渡米をきっかけに、イギリスロック勢のアメリカ進出がはじまります。ロックの歴史が動いた瞬間です。



極貧生活からのスタート、ローリング・ストーンズ

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ローリング・ストーンズの中心人物だったブライアン・ジョーンズ、キース・リチャーズ、ミック・ジャガーの3人はアパートの1室で共同生活をしていました。

そこにビル・ワイマンとチャーリー・ワッツが加わり、ローリング・ストーンズができたのが1963年のこと。

その翌年には、リッチモンド郊外のホテルのジャズクラブ、クロウダディで演奏するようになります。

ローリング・ストーンズは黒人音楽のブルースをアレンジし、若者を夢中にさせました。

まもなくチャック・ベリーの「カム・オン」でデビューし、全英チャート38位、全米ではチャートインしませんでしたが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーに作曲を依頼したセカンドシングルの「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」は、全英チャート12位を記録し徐々に人気を集めました。

タイトル
ローリング・ストーンズのリーダー、ブライアン・ジョーンズのアイデアで黒人音楽のアレンジからはじまったローリング・ストーンズですが、徐々にオリジナリティある曲も作っていくことになります。

ビートルズをチャート頂点から引きずりおろしたローリングストーンズ

1963年、ケネディ大統領が暗殺され各地で紛争、公民権運動が起き混沌とした社会だったアメリカ

若者たちの心には、そういう社会への不安や怒りや反抗心でいっぱい。

そんな若者たちの代弁者だったのがローリング・ストーンズ。当

時のローリング・ストーンズの音楽は黒人音楽のブルースをアレンジしたもので、何でも表現できるブルースに若者たちは夢中になりました。

イギリスのティーンエイジャーにとってはアメリカ社会の事情なんて遠い国のお話。

売れるために作られた音楽ではない、リアルな音楽を求めていた彼らはブルースに熱狂しました。

そんな若者の心を掴んだローリング・ストーンズの最初のアルバム「ザ・ローリング・ストーンズ」は、それまでチャートの頂点にいた「ウィズ・ザ・ビートルズ」を蹴落とし頂点に立ちました。

Route 66 (Blues in Rhythm / 1964)
ザ・ローリング・ストーンズ
2017/12/01 ¥250

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ロックの原点にして頂点、ローリング・ストーンズのおすすめアルバム、名盤を名曲とともにランキングで紹介!



デイヴィス兄弟率いるキンクス

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1963年に結成され64年に”ユー・リアリー・ガット・ミー”で全英チャート1位を獲得したキンクスもまた、ブリティッシュロックを盛り上げたロックバンドのひとつ。

“ユー・リアリー・ガット・ミー”は歪んだギターリフが特徴の曲です。

ヴァン・ヘイレンのカバーで聞いた人も多いのではないでしょうか。ロック史に名を刻む名ギターリフですね。

音の可能性を広げるため、ギターとドラムから今までになかったと音を引き出すのに苦労したというこの曲。

いまだかつてなかった音を出すために、デイヴは持っていたアンプを蹴とばして機材を雑に扱っていたようです。

スピーカーをカミソリで切ったりしたそうで、その結果あの音が出るようになったとのこと。

キンクスは、後のヘヴィメタルやパンクの原点ともいわれています。

そんな衝撃のデビューアルバムが「KINKS」です。

You Really Got Me
ザ・キンクス
2014/11/14 ¥-1

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過激なパフォーマンス、ザ・フー

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ザ・フーの全身バンドのディトゥワーズがメンバー変遷を経て1964年にザ・フーと改名します。

楽器を破壊する過激なパフォーマンスで注目され、シングル「アイ・キャント・エクスプレイン」、「マイ・ジェネレイション」で一躍ロックスターに。怒りと欲求不満を表現した歌は聴衆の心をつかみました。

ステージでは、ギタリストのピート・タウンゼントのウィンドミル奏法と呼ばれる大きく腕をぶん回しながら弾く方法や、ドラマーのキース・ムーンの大音量破天荒な叩きっぷりも評判でした。

ザ・フーはロックに新たな可能性を見出し、先のバンドに続きアメリカに進出します。

マイ・ジェネレイション
ザ・フー
1965/10/29 ¥und,efi,ned

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ローリング・ストーンズの後釜

ローリング・ストーンズの後を継いだのは、ヤードバーズというバンド。

ローリング・ストーンズと同じく、クロウダディで演奏をしていたヤードバーズ。

誰もが知るギタリスト、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジがギターをつとめたバンドです。

ギターひとつで歌いあげるブルースに、自身の孤独な幼少時代を重ね共感したエリック・クラプトンは、よりブルースを追求したいと思うようになります。
しかし、そのクラプトンの志向とヒット曲を生み出したいほかのメンバーは衝突するように。

POINT
クラプトンの目指すブルースとバンドがポップになっていくことでどんどん溝が深まり、クラプトンはバンドを脱退することになります。いわゆる音楽性の違いというやつですね。
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ロック史まとめ

  • ロックの時代が終わったといわれた1960年前後、その復権にもっとも貢献したのがビートルズ。
  • ローリング・ストーンズ、キンクス、ザ・フーがデビュー。
  • ビートルズ渡米。それをきっかけにイギリス勢がアメリカ進出。

ロックの歴史において重要なできごとが60年代には詰まっています。以降出てくるロックスターたちも、今回取り上げたビートルズ、ローリング・ストーンズ、キンクス、ザ・フーに影響されたという人も多いです。

<参考>クロスビート編集部 最強版 ロックの50年、究極の500枚 (2012/6/30)