父の日にサプライズを。Amazonでギフトをチェック

【ロック史】ブリットポップブームの象徴、ブラー対オアシス騒動

アメリカのグランジ・ロックブームによって停滞気味だったUKロック。

イギリスでの次なるブームは、90年代最大の潮流であるブリットポップムーヴメントです。

本記事では、ブラーとオアシスを中心にロックの歴史を追っていきます。

ブリットポップのはじまりはスウェードから

画像Amazon

妖しい風貌に官能的で過激な歌詞で物議をかもしたスウェード。

生ぬるい楽曲がチャートを独占する中、そこに食い込んでやろうと野心を燃やしていました。

1993年「ブリット・アワーズ」への出演をしたスウェードは、その場にそぐわないパフォーマンスを披露。

このとき観客を啞然とさせたのが、「アニマル・ナイトレイト」。

Animal Nitrate
スウェード
1993/02/22 ¥250

その年、デビューアルバム「スウェード」をリリース。

このスウェードのアルバムが、ブリットポップのはじまりだとされています。



ブリットポップの定義確立、ブラーの快進撃

画像Amazon

1991年にデビューアルバムをリリースしアメリカでツアーを行っていたブラー。

ですがその内容は絶望的で失敗に終わりました。

イギリスに戻ると彼らが目にしたのは注目を浴びるスウェード。

そこでブラーが切り開いた道は、60年代イギリスのポップ・ロックでした。

ちょっと懐かしいブリティッシュ・ロックサウンドと、シニカルでユーモアのある歌詞。これらを要素としてリリースしたセカンドアルバム「モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ」は高評価を獲得。

For Tomorrow
ブラー
1993/05/10 ¥250

チャートは上位獲得ならずでしたが、ブラーはさらにこの路線で進め、代表作である「パークライフ」をリリースし、ブリットポップの流行を生み出しました。

1995年のブリット・アワードでは、オアシスのデビューアルバム「オアシス」をおさえ、史上最多の4部門を受賞するという快挙を成し遂げました。

ビートルズのようになると大口をたたいたオアシス

画像Amazon

オアシスがインディーズ・レーベルと契約したのは1993年。

その後すぐにツアーをはじめ、イギリスではチケットの奪い合いになるほどの人気を博しました。

そしてブラーの「パークライフ」からわずか4ヶ月、デビューアルバム「オアシス」をリリース。

家庭の問題などの事情で傷ついた若者の心を掴み、一躍90年代の救世主となりました。

「ビートルズのようになる」

口だけではなく実際にいろんな数字を塗り替えたことから、それもただのビッグマウスではなかったのです。

デビューアルバムは世界で1000万枚以上売り上げる大ヒットを記録。

Live Forever
オアシス
1994/08/08 ¥200

ブラーVSオアシス騒動

1995年8月14日、オアシスはシングル「ロール・ウィズ・イット」のリリースを予定していました。

そこにブラーも「カントリー・ハウス」のリリースをあえて重ね、メディアも煽りシングル対決が注目を浴びることに。

結果、全英シングルチャートはブラーが1位を獲得しましたが、オアシスのアルバム「モーニング・グローリー」の世界的な大ヒットによってブラーは大きく差をつけられることになりました。

ブリットポップの終息

ブラーのこれまでの音楽性を変えたアルバム「Blur」がアメリカのロックシーンに最接近したのを最後に、ブリットポップブームは衰退していきます。

これが1997年ごろ。

ロック史まとめ

  • ブリットポップのはじまりはスウェード
  • ブラーによってそのムーヴメントに火が付く
  • オアシスが1993年デビュー
  • ブラーとオアシスのシングルはブラーが勝利するも、アルバムはオアシスが大きな差をつけ売り上げる
  • 1997年ごろブリットポップブームは衰退

<参考>クロスビート編集部 最強版 ロックの50年、究極の500枚 (2012/6/30)